先日、新しくなった東京ドームと話題の佐々木朗希選手を見に巨人戦を観に行きました。 収容人数は特に規制なくコロナ 前に戻った感じでしたが、入場時のチェックや鳴り物応援の規制はまだ続いているようです。 応援に関して面白かったのが、球場のPA(スピーカー)で、鳴り物の応援の音源を会場に流していたことです。 最初ななんて無粋な演出かと思いましたが、そいう音楽?が流れるだけで、自然と観客から手拍子が生まれるのを聞いて、こういうのもありかと思い直しました。 静かに観ているのも悪くはないですが、せっかくのライブですから、少しでも一体感を味わうのは悪くありません。応援は選手のためだけでなく、観客自身のためでもあるなぁと再認識しました。
人を応援するという行為は、誰かのためということもありますが、自分自身のためということもあると思います。 細かい理屈はわかりませんが、誰かのためになる、誰かが成長するということに関与することは、アドレナリンみたいなものが出て、応援している本人にも快楽を感じるのでしょう。 最近は、不思議なことに多くの方からいろいろなご相談を受けることが多くなりました。 先日は1日に2件という具合に、ちょっと仕事として認識できるような感じで対応させていただくことができて、大変光栄に思っています。 退職してから、やろうと思っていたことの一つに、不動産業は決まっていましたが、それ以外はいろいろなことにチャレンジしつつ、周りの人のご要望に応じて生き残った仕事が続けるべき仕事になれば良いと思っていました。 最近ではそれが”コンサルティング”ではないかと実感しています。 そう言えば、昔から人にものを教えるのは嫌いではありません。 遡れば、学生時代にやっていた家庭教師や塾の講師は、自分で言うのもなんですが、結構評判は良かったし、やっていてやりがいを感じていました。 なんとなくは、分かっていたのですが、「教える」ということが得意ということなのだと思います。 自分が得意でやりがいを感じて、しかも周りの人からも評価される仕事って、まさに天職ですよね。 コンサルティングがそうはないかと、今はものすごく期待してワクワクしています。
よく若い人が、自分にはどんな仕事が向いているのだろうと悩むことがあると聞きます。そんな時に思うのが、あまり深く考えずに、できることをどんどんやってみて、結果的に周りの満足度や評価が高いものの中から、自分がやっていて充実感を得られ、楽しいと感じるものを選んででいくというやり方はどうでしょうか。 なんだか他力本願的な選択方法のように聞こえるかもしれませんが、自分のことは意外と自分がわかっていないし、仕事とは自分ではなく、他人にどれだけ役に立つかだから、こういう風に他人に評価してもらうのは筋が通っていると思います。 最初は収益化など気にせずに、いろいろなことを世の中に提供して、評判の良いもの、自分が満足できるものを見つけて、それを収益化する仕事を見つけるという手順がもっとも近道のような気がします。
自分の将来を他人に決めてもらうというのはちょっと情けないような気もしますが、「仕事=人からお金をいただく」とするならば、こちらの方が理にかなっていると思うのですが、どうでしょう?
写真:mohamed HassanによるPixabayからの画像