闘病記(骨盤&肘骨折)

(3) 手術当日

022年2月7日月曜日 入院3日目

今日は手術当日、時間は夕方の4、5時位とのこと。 今日の手術は3人で、一番最後だ。 今日は朝7時以降は飲み物もダメな、完全絶食だ。 食べ物は昨日の夜から食べていないので、朝の時点ですでにお腹が空いている。 ただ、体の方の調子は悪くない。 特に右肘は簡易ギプスで固定されているのだが、それでも結構自由に使うことができる。 こうやってキーボードを打つのも苦では無い。 ただし、骨盤の方はまだまだで、少し油断すると激痛が走る。 朝から手術ようの点滴に変わった。 手術用の点滴は通常のものよりも針が太いらしく、刺す時の痛みが半端ない。 右手はギプスと包帯で採血はできないので、左手から点滴やら、採血などを集中してやるしかなく、左手はジャンキーのような注射痕だらけになってしまった。 午前中に体をきれいにするとのことで、濡れタオルで全身を看護師に拭いてもらう。 そういえば、お風呂にずっと入っていなため、これだけでも気持ちがいい。オペは夕方だが、この時点で手術着に着替え、後は待つだけの状態になる。 

 午後イチで最初の患者が入ったよう だ。 2番目は同室の人なのだが、相当緊張しているらしく、昨夜な寝れなかったと看護師と話していた。 6人部屋は声が筒抜けなので、よく状況がわかる。 自分も保険会社とか警察に状況説明をベッドでしたので、おそらくここにいる人はほとんど私の事故の状況を理解していると思う。

 2番目の人が呼ばれ手術室に向かった。 この時点でで15時くらいにはなっていたはず。 16時からは無理なことが確定する。ここからが長かった。 17時18時になっても呼ばれない。 多分19時近くだろうか、2番目の人が帰ってきて、麻酔から覚ましてもらっているようだ。 「ここどこだかわかる?」「病室に着いたよ」「ちゃんとこっち見て」どうやら、覚醒するまでに時間がかかっているようだ。 今まで、全身麻酔は2回経験があるが、覚醒に時間がかかったことは経験したことがなかったので、麻酔が強いのか、早く起こそうとしすぎるのかわからないが、ちょっと心配になる。 手術室へ向かうには難関を2つ通らねばならない。 ベットからストレッチャー、ストレッチャーからベットとの2回の移動だ。 これが骨盤を刺激する。 ただし、こちらもある程度はコツが掴めてきたので、左方向への移動はそれほど苦ではない。 ただし、手術台に移るときは右方向だったので、また激痛を我慢することになる。 どうせなら、全身麻酔かけた後にやって欲しいのだが、そうもいかないらしい。 手術台に乗ったいいが、なかなか始まらない。 モニターはどこに置くかで揉めたり、とにかく段取りが悪い。 ますます心配になる。 直近の耳鼻科手術のときは、充実した設備とよく訓練されたスタッフだったので、気がついたら終わっていたが、とにかく麻酔を入れるまでも待たされる。 なるほど、時間がかかるわけだ。 ただ、今回はしっかり麻酔が効いていく感じを実感することができた。見上げたところにあるあの手術室のライトがだんだんと滲んでいくようにぼやけて、意識が飛ぶのである。

 起こされたのはどこだろうか、正直意識ははっきりしていない。 ただ、病室ではない。 おそらく、早めに覚醒させるのだろう。 普通は夢から覚めるように起きるのだが、まだ頭が3割くらいしか活動していない中で起こされるので、認識能力が低い。 なるほど2番目の人が看護師から色々言われるのもわかる。 無事に終わったとも言われることなく、病室に戻り、今日はこのまま就寝となった。 

 実はここから地獄が始まる。 初日、次の日と意外と十分の睡眠が取れたのだが、今日はそうは行かない。 とにかく患部が痛いのだ。 わめくほどではないが、じわじわ痛めつけらる感じで叶わない。 痛み止めなどを点滴してもらうのあまり効果はない。 結局これは一晩中続き、ほとんど寝れなかった。 ただ、ほとんどであって、少しは寝れた。 人間の睡眠力の強さには驚かされる。 あの状況下でも少しとはいえ、寝てしまうのだから。 

Sasin TipchaiによるPixabayからの画像